13週4日目
妊婦検診の為土屋産婦人科へ。
採血4本で手こずり、ふらふらになる。
この日から経腹エコー。細い腕を懸命に動かす腹の子に二人でオーオーと声を上げる。
形も赤子らしくなってきていて、愛おしさが増す。
胎盤が出来あがるまでは栄養面はなんとかなるとのこと。
偏っても良いから食べること。そして水分をしっかり摂ること。
14週0日目
吉祥寺で待ち合わせ、暫しのデート。
昼間の食欲が少し出て来たのでイクラのお寿司を食べる。
サーモンは見るだけで吐き気を催すのに、他の生ものは平気なのは何故だろう。
14週3日目
少し悪阻が落ち着いてきたような気もする。
ご飯を作りたい!という衝動が戻って来たことが嬉しく、久々に台所にたってご飯を作る。
帰宅した安澄はご飯が出来ていることに驚き、むしゃむしゃと嬉しそうにご飯を食べる。
悪阻開始とともに五感の感覚がアンバランスになり、満足出来る味が作れない。
味の想像が下手くそになったというか。
不意に戻ったその感覚に、体全体が料理をするモードにカチッと切り替わる。
手の感覚、目の感覚、鼻も舌も、頭の中も。
14週6日目
産みたいと思っていた助産院の初回説明会へ安澄と出席。
助産院とはなんぞや?の安澄も、終わってからはここで産もう!と乗り気。
ここでなら里帰りしなくても不安なく産めそうだと自分自身も安心する。
温かく清潔で、とても心地の良い場所だった。
人気がある助産院だったらしく、予約が取れるか不安だったけれど大丈夫とのこと。
産む場所が決まった。
http://hanajirushi.blogspot.jp/2015/03/blog-post.html
15週2日目
三星家でピザをごちそうになる。
悪阻悪化でとても心配をかけていたので、一口頬張るごとにとても嬉しそうに目を細めてくれる。
15週4日目
出かけ先の立川の駅ビルでいつのまにか眠ってしまって、3時間。
もう間もなく仕事に復職するのに大丈夫なのか。。。。
http://hanajirushi.blogspot.jp/2015/03/blog-post_14.html
15週5日目
悪阻の最中、モチベーションにしていたのは回復した後の外食だった。
第一発目をどこにするか?
そればかりを考えて過ごし、ようやく落ち着いてきたので予約をして向かう。
【のらぼう】でのご飯は味は勿論、心も満たしてくれる私にとってかけがえの無いお店。
食後、まきおさんに悪阻の時の心の支えだった旨を伝えると、大きな笑顔でうなずいてくれた。
頑張った自分へのご褒美が出来たこと、何より二人でのらぼうへ行けたことが嬉しくて、スキップしながら国立へ帰宅した。
この悪阻の日々を常にサポートしてくれた安澄へ、感謝の気持ちを綴った手紙を渡す。
2015年7月16日木曜日
三ヶ月(8w〜11w)
8週0日目
三ヶ月に一度の土曜日出勤。
普段とは違い受付など一人で行わなければならないので、少し緊張しながら出勤。
仕事を終わらせた途端の安堵からか、どっと体調が悪くなる。
安澄の個展に顔をだそうと思っていたものの、真っすぐ帰宅。
8週1日目
安澄個展のクロージングパーティー。
料理を作る約束だったが前の日からの体調不良が長引き、起きることもままならない。
粘って粘って、結局ギリギリになって玲子へお願いしてサーヴなどをしてもらうことに。
情けなさと不甲斐なさに打ちのめされながら、真っ暗な部屋で泣きながら過ごす。
8週5日目
出勤の途中、三鷹駅にてもう駄目だーと途中下車。
トイレから出ることも出来ず、正直記憶はほとんど無い。
仕事を休ませてもらい、土屋産婦人科に。
二週間の自宅安静の指示を受ける。
http://hanajirushi.blogspot.jp/2015/03/blog-post_61.html
9週1日目
安澄の仕事を観に横須賀美術館へ。
海が近くにあって、天井も高くって、気持ち良い空気が流れる美術館だった。
展示は安澄のポスター通りの空気感。とてもマッチしていた。
美術館で食べたピザが今まで食べたどんなピザより美味しくて久々に完食。
長時間の車での移動に夜中お腹がとても痛くなる。
9週5日目〜10週4日目
腹の人はイチゴくらいの大きさに育っていると検診で教えてもらう。
安澄出張で自宅をあけるということで、不安とあまりの悪阻っぷりに一度帰省することに(体重は35キロまで落ち込んだ)。
母親のご飯は安心からか口にすることが出来た。
仕事から帰ってくると驚く早さで私の好きなものを食卓に並べる母。
口に入れる度に嬉しそうに微笑む母の顔を私はずっと忘れないだろう。
しかしながら妹と大げんか。
早朝に新幹線に飛び乗り、仲直りしないままに東京に戻る。
その時の見送ってくれた母の悲しい顔も私はずっと忘れないだろうな。
10週5日目
国立市役所にて母子手帳をもらう。
初めての母子手帳はベビープーさん。
何故に赤子にまつわるものはシンプルなものが無いのか。
11週0日目
安澄インフルエンザ罹患。
土屋産婦人科へ向かう。
気休めながらも栄養として点滴を打ってもらう。
インフルエンザ罹患の可能性があるので分娩台で一人3時間。
母が心配して急遽東京に来てくれることになった。
安澄は隔離のため、自分の実家で安静に。
11週5日目
入籍して一年の記念日。
元旦なので三星家のみんなでごちそうを食べる。
家に帰り、以前願掛けしていただるまに目を入れる。
願掛けは子どもを授かりますように。
両方の目をぱっちり開いただるまに涙がこぼれる。
11週6日目
初詣とお礼参りのため、大宮八幡宮へ。
屋台のラーメンをすすりながら美味しいねーと二人で笑う。
三ヶ月に一度の土曜日出勤。
普段とは違い受付など一人で行わなければならないので、少し緊張しながら出勤。
仕事を終わらせた途端の安堵からか、どっと体調が悪くなる。
安澄の個展に顔をだそうと思っていたものの、真っすぐ帰宅。
8週1日目
安澄個展のクロージングパーティー。
料理を作る約束だったが前の日からの体調不良が長引き、起きることもままならない。
粘って粘って、結局ギリギリになって玲子へお願いしてサーヴなどをしてもらうことに。
情けなさと不甲斐なさに打ちのめされながら、真っ暗な部屋で泣きながら過ごす。
8週5日目
出勤の途中、三鷹駅にてもう駄目だーと途中下車。
トイレから出ることも出来ず、正直記憶はほとんど無い。
仕事を休ませてもらい、土屋産婦人科に。
二週間の自宅安静の指示を受ける。
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9週1日目
安澄の仕事を観に横須賀美術館へ。
海が近くにあって、天井も高くって、気持ち良い空気が流れる美術館だった。
展示は安澄のポスター通りの空気感。とてもマッチしていた。
美術館で食べたピザが今まで食べたどんなピザより美味しくて久々に完食。
長時間の車での移動に夜中お腹がとても痛くなる。
9週5日目〜10週4日目
腹の人はイチゴくらいの大きさに育っていると検診で教えてもらう。
安澄出張で自宅をあけるということで、不安とあまりの悪阻っぷりに一度帰省することに(体重は35キロまで落ち込んだ)。
母親のご飯は安心からか口にすることが出来た。
仕事から帰ってくると驚く早さで私の好きなものを食卓に並べる母。
口に入れる度に嬉しそうに微笑む母の顔を私はずっと忘れないだろう。
しかしながら妹と大げんか。
早朝に新幹線に飛び乗り、仲直りしないままに東京に戻る。
その時の見送ってくれた母の悲しい顔も私はずっと忘れないだろうな。
10週5日目
国立市役所にて母子手帳をもらう。
初めての母子手帳はベビープーさん。
何故に赤子にまつわるものはシンプルなものが無いのか。
11週0日目
安澄インフルエンザ罹患。
土屋産婦人科へ向かう。
気休めながらも栄養として点滴を打ってもらう。
インフルエンザ罹患の可能性があるので分娩台で一人3時間。
母が心配して急遽東京に来てくれることになった。
安澄は隔離のため、自分の実家で安静に。
11週5日目
入籍して一年の記念日。
元旦なので三星家のみんなでごちそうを食べる。
家に帰り、以前願掛けしていただるまに目を入れる。
願掛けは子どもを授かりますように。
両方の目をぱっちり開いただるまに涙がこぼれる。
11週6日目
初詣とお礼参りのため、大宮八幡宮へ。
屋台のラーメンをすすりながら美味しいねーと二人で笑う。
2015年7月4日土曜日
二ヶ月(4w〜7w)
予定日まで二週間をきった。
無事に産むことが出来たらば、この愛しい日々もぼんやり和らいでしまうのだろうな。
5週0日目
検査薬陽性!
5週1日目
日立の建物公開へ二人で向かう。
赤子があやされている姿に今までとは違う感情で胸が一杯になる。
そのまま吉祥寺へ移動して焼肉ランチ(二人で行くのは初めてだった!)
食事を済ませてから、【産む為の本】を初めて購入。
日立の建物公開へ二人で向かう。
赤子があやされている姿に今までとは違う感情で胸が一杯になる。
そのまま吉祥寺へ移動して焼肉ランチ(二人で行くのは初めてだった!)
食事を済ませてから、【産む為の本】を初めて購入。
夜は前々から約束していたゆっことのライブ。
腹の人の最初のライブ体験はウルフルズ!
大きな音がお腹に悪影響を与えるのではないかと気が気ではなかったので、立ったり座ったりしながらライブを楽しむ。
駅まで迎えに来てくれていた安澄から腹巻き付きのパジャマをプレゼントされる。
5週3日目
クリニックにて胎のう確認
6週1日目
初悪阻症状
http://hanajirushi.blogspot.jp/2015/02/blog-post_20.html
6週2日目
三星の両親に少し早いけれど報告。
お父さんがそんな気がしていたと言い、お母さんはにっこり微笑んでくれた。
6週2日目
三星の両親に少し早いけれど報告。
お父さんがそんな気がしていたと言い、お母さんはにっこり微笑んでくれた。
6週5日目
安澄初個展の搬入。
少し動くたびに疲れてしまうので、休み休み手伝う。
7週0日目ー1日目
hanajirushiの営業は、予め玲子にお願いしていたのでお手伝いとして参加。
なんとか終わらせるも、家に帰った途端に倒れるように眠る。
7週5日目
府中の森 土屋産婦人科へ初診
http://hanajirushi.blogspot.jp/2015/03/blog-post_11.html
なんとか終わらせるも、家に帰った途端に倒れるように眠る。
7週5日目
府中の森 土屋産婦人科へ初診
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2015年4月11日土曜日
初乳
いよいよ八ヶ月。
腹の中には、私とは全く別の人が生きているんだなあと実感する日々。
腹周りは気付かれないほどこじんまりしているけれど、妊娠前よりは20cmプラスされてどっしりとしてきた。
7か月に入って早々に乳頭が滲み出し、放っておいたら白いカスのようなものに変化。
なんだろうと首を傾げていたけれど、これはどうやら初乳と呼ばれるものらしい。
産まれる前から滲み出すなんて知らなかったので、危うく病院に行くところだった。
割と早い段階で胎動を感じていたのは、どうやら腹の中の人がすこぶる動き回る人だかららしい。
検診ごとに体の向きを変えているは、足をバタバタさせているはで、やんちゃな子ですねと大概笑われる。
ポコンポコンとそこらかしこを蹴り上げるのだけれど、膀胱にあたれば失禁しそうになるし、胃にあたればオエッとえづくし、可愛いねーだけでは済まない時もある。
夜の力強い蹴り上げに、熟睡したまま朝を迎えることはなかなか難しくなってきた。
腹の中には、私とは全く別の人が生きているんだなあと実感する日々。
2015年3月14日土曜日
備忘録-悪阻を総じて-
駄目だ駄目だと否定する日々を二週間過ごし、このままじゃやばい!褒めてくれ!と懇願する。
思いつく限りの全てを、言葉や仕草で伝えてくれる安澄のお陰ですっかりネガティヴから脱出することが出来た。
体力的な辛さはどんどん悪化したけれど、心の健康さのお陰で精神面は至って健康!
寝る事が今の私の最大の仕事だと割り切ってジャカジャカと甘えさせてもらう。
《悪阻最中の大きな出来事》
・安澄出張の為八戸に帰省するも、互いに妊婦な我ら姉妹は10年ぶりに大きな喧嘩をし、次の日の朝5時の新幹線に飛び乗り泣きながら帰ってくるという今思えば馬鹿らしいことをしたりもした。
(実家で暮らす妹が母親から受けれている諸々にただ嫉妬していただけなのだと今となっては反省。妹は妹で、母親の愛情が二分されたことへの嫉妬だったのだと思う。妊婦のネガティブ思考は相思相愛の姉妹の関係をも覆す凄まじさだとご理解頂けるエピソード。)
・34キロ台に突入+まさかの安澄インフルエンザ罹患の際、産婦人科の先生に懇願して点滴を打ってもらう。
インフルエンザ疑いの私は病棟で点滴を打つ事が出来ず、まさかの分娩室で点滴を打つ事になった。分娩台に一人。BGMは大音量の賛美歌!滑稽な三時間は、思い出すだけで笑える貴重な体験!
・体調が少し良い昼下がり、立川まで買い出しに向かう。途中具合が悪くなり、駅ビルのベンチに座ってから記憶が無くなる。
気づけば三時間眠りこけていた!泥酔以外で一人で外で眠ったのは初めての体験!
《悪阻症状》
-体調面-
・締め付けるような頭痛。
・目眩は二種類。目の前が真っ暗になるものと、白く霞んでぐるぐるするの。
・トイレに行く僅かな距離でも動悸、息切れ。
・極度の冷えは体重低下による脂肪率によるものだと思う。
・常につきまとう吐き気。
・食べたものや量により、突発的に込み上げる嘔吐。
・眠気。←これも立派な悪阻症状
・下痢。
・頻尿&残尿感
・もともと匂いに敏感だったので、これが悪化したりはしなかった。
・思考回路の停止
この諸々の症状を総じて例えるならば、大事な預かり物を抱えながら、酷い船酔いで散々吐き疲れたままに、急勾配の山道を休みなく歩かされているような状態が近しいです。
-精神面-
・不甲斐なさと、自己否定に取り憑かれた約10日間。
・脱却してからはポジティブかつ感謝の気持ちに溢れて、今まで過ごしてきたどんな時期よりも安定している。
これは間違い無く安澄のお陰!今までの私だったら些細な事で心配になったり不安になったりでマタニティーブルーから抜け出すのには相当な時間がかかったはず。ホルモンの影響で浮き沈みが激しくなる妊婦さんが多い中、助産師さんにも本当に初産ですか?と聞かれる程に安定した心持ちで過ごせている。
*長い事願って願っての妊娠だったので、悪阻でどんなに辛かろうと腹の子に対する恨み辛みは全く無かったし、常に育てる事を意識して過ごせていたけれど、突然に(思いもよらず出来ちゃった的な)妊娠をした方はどんなモチベーションでこの悪阻時期を過ごしているのだろうか。なんて、考えなくても良いことばかりを考えていた。
今調べると私の体重などなどは入院レベルの悪阻症状だったようだけれど、その時は調べる元気も思考回路も無く、ただただ耐えていた。
スパルタ先生曰く、
【胎児は生命力の強過ぎる寄生虫!】
今も悪阻症状は続いているけれど、この耐え忍んだ時間は確実に今まで体験してこなかった頑張りの時間だった!
2015年3月11日水曜日
備忘録-悪阻地獄スタート-
12月6日
騙し騙し過ごしてきたけれど、もう騙せない程に悪阻。
3ヶ月に一度の土曜日出勤を終えてからの記憶がほぼ無い。
頭痛、吐き気、眠気、目眩、息をするのも必死な状態で何度も途中下車しながら渋谷から国立までを3時間かけて帰宅する。
12月7日
安澄の大事な個展のクロージングパーティーと頭でわかっていながらも、思考回路がショート。
やらなくては!やりたい!の気持ちとは裏腹、まったく身体が動かない。
悪足掻きしまくって、結局安澄にも玲子にも迷惑をかけることになる。
自分の不甲斐なさに涙しながらトイレで吐き続ける。
12月11日
地獄の通勤を数日続けるも、ついに途中下車。
頭痛と目眩と、呼吸困難で立つこともままならなくなる。
トイレで暫く嘔吐するも、一向に治らず、仕事を休ませてもらい病院に向かった。
子は元気。水分が取れるならば点滴などはしない。ということで、診察終了。
そのまま家に帰り、ぶっ倒れる。
次の日も次の日も動けない。
結局、この日から約2ヶ月の休職が始まることになった。
自分の身体を自分でコントロール出来ないという辛さを初めて体感。
悪阻は辛い!とは聞いて知っていた。
しかし、ここまでのものとは。
代表的な吐き気や嘔吐はもうスタンダードだとして、頭痛に目眩、動悸、息切れのオプション付き。
吐けたらまだ良いけれど、吐けない時の取り憑かれた様な苦しみは体力だけでは無くて精神的にもこたえるものだった。
身体が鉛のように重くて、横になっていても疲れる。
何時間でも眠る事が出来て、食欲なんて全く無い。
テレビで見る(悪阻になってから気付いたけれど、どの番組もご飯のことばかり!)肉だ魚だの諸々を見ても吐き気を催してしまうので、朝から晩までただ布団に横たわり、天井を見ながら体の不調と向き合うか、眠るかでほぼ2ヶ月を過ごした。
音楽や本を読むなんてとてもじゃないけれど出来ない。
酷い時は電気の光を見る事も辛く、真っ暗な部屋で布団をかぶる。
ありとあらゆるものから自分を遮断して、世界は私と腹の子だけになったような気がしてくる。
世の中の諸々から置いてかれて、出口の無い真っ暗な空間に取り残されたような気分。
自分でも想像していなかったほどの悪阻なのだから、他の人にわかってもらえないことは重々承知。
締め切りが立て込んで忙しい安澄に、仕事を休んで家にいるだけなのだからせめてご飯くらい!と意気込むも、出来ない。
その自分の不甲斐なさが悔しくて、1人になるとメソメソと泣いていた。
元々痩せていた体だけれど、笑っちゃうくらいにみるみる痩せて一週間でマイナス5キロ。
足首が自分の手でグルっと掴めた時には流石にやばい!とおののいた。
家から外に出れないので、食べれる物を買いに行くことも出来ない。
いつもならチャチャッと食べれるお茶漬けさえも作れない。
食べなくてはいけないという気持ちと、作れない食べれない食べたくないの気持ちのせめぎ合い。
途中からは水すら飲めなくなって、腹の子の成育に不安ばかりが募った。
働いていない自分。
という社会的な面目無さからか、12月の寒い部屋でも暖房をつけることすら憚られる。
体力的な辛さよりも、自分のダメっぷりにやられまくった。
誰から言われたわけではないのに、自分がとても駄目な人間だと得体の無い敗北感に常に支配されていた。
心配する安澄の顔も、迷惑がっている顔としか捉えることが出来ず、ただただ申し訳無さに消え入りたい日々だった。
つづく
*落ち着いてからは忘れていたことも書いていると止まらなくなるものですね。
2015年3月6日金曜日
備忘録-産院選び-
長いこと授からなかったので自分の身体に全く自信が無かった。
不良品・欠陥品と自分の身体を否定し続けていたからか、子を身籠ったといえど、不妊から不育のステップへ変わるだけかもしれない。と、負の思考回路は相変わらず。
不妊の知識だけは人一倍あるのに、妊娠してからの知識が殆ど無い。
身籠って一番に決めなくては行けない産む場所のことなんて考えてすらいなかった。
里帰りをするのか、しないのか。
総合病院か個人病院か、はたまた助産院か。
子を望んでいる人なら一度は考えるであろう基本的な事を考えるでもなく、不妊治療ばかりの知識を増やしていたのだから、よっぽと取り憑かれていたのだなぁと、その時ようやく気付く。
(その心の窮屈さも子が授からない原因の一つの様な気がする。と言っても苦しい時間なので仕方が無い話だけれども。)
そんなわけで、ゼロからの産院選びスタート。
妹も私の予定日一ヶ月前に出産予定なので、里帰りは現実的に厳しい。
となると、実母の力を借りれずの東京出産。
うーん。どうしよう。
考えが纏まらないので譲れない事を書き出すことにした。
・ご飯が美味しいこと
・スタッフの顔を覚えれる規模
・立ち会い出産可
となると、個人病院か助産院!
自宅から近いところを探してみるも、口コミなんて信用ならないのは自分のクリニックで経験済み。
あーもう無理ー!とTwitterに逃げ込むと、たまたま目にした知り合いの記事が目に飛び込む。
彼女は一年ほど前にお子を産んだのだけれど、どうやら助産院だったらしい。
Google先生で検索すると、我が家からも近い!
うえに、評判もかなり良い!!
スピリチュアル度合いも低く、母乳相談も可。産後も相談出来る環境が整っていた。
何よりも料理が美味しそう!
ということで、呆気なく産院選びは終了。
助産院は医療行為が出来ないので、検診などは連携している個人病院に行く事にした。
早速個人病院の初診を予約。
驚く程にスムーズな流れに、運命すら感じた1日だった。
*出来る限りSNSに触れないようにと気を付けているけれど、こういう有益な情報を得る事も出来るのだから上手いこと付き合っていこうと考えを改める。
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