2015年3月11日水曜日

備忘録-悪阻地獄スタート-

12月6日
騙し騙し過ごしてきたけれど、もう騙せない程に悪阻。

3ヶ月に一度の土曜日出勤を終えてからの記憶がほぼ無い。
頭痛、吐き気、眠気、目眩、息をするのも必死な状態で何度も途中下車しながら渋谷から国立までを3時間かけて帰宅する。

12月7日
安澄の大事な個展のクロージングパーティーと頭でわかっていながらも、思考回路がショート。
やらなくては!やりたい!の気持ちとは裏腹、まったく身体が動かない。
悪足掻きしまくって、結局安澄にも玲子にも迷惑をかけることになる。
自分の不甲斐なさに涙しながらトイレで吐き続ける。

12月11日
地獄の通勤を数日続けるも、ついに途中下車。
頭痛と目眩と、呼吸困難で立つこともままならなくなる。
トイレで暫く嘔吐するも、一向に治らず、仕事を休ませてもらい病院に向かった。
子は元気。水分が取れるならば点滴などはしない。ということで、診察終了。
そのまま家に帰り、ぶっ倒れる。

次の日も次の日も動けない。
結局、この日から約2ヶ月の休職が始まることになった。

自分の身体を自分でコントロール出来ないという辛さを初めて体感。
悪阻は辛い!とは聞いて知っていた。
しかし、ここまでのものとは。

代表的な吐き気や嘔吐はもうスタンダードだとして、頭痛に目眩、動悸、息切れのオプション付き。
吐けたらまだ良いけれど、吐けない時の取り憑かれた様な苦しみは体力だけでは無くて精神的にもこたえるものだった。

身体が鉛のように重くて、横になっていても疲れる。
何時間でも眠る事が出来て、食欲なんて全く無い。
テレビで見る(悪阻になってから気付いたけれど、どの番組もご飯のことばかり!)肉だ魚だの諸々を見ても吐き気を催してしまうので、朝から晩までただ布団に横たわり、天井を見ながら体の不調と向き合うか、眠るかでほぼ2ヶ月を過ごした。
音楽や本を読むなんてとてもじゃないけれど出来ない。
酷い時は電気の光を見る事も辛く、真っ暗な部屋で布団をかぶる。
ありとあらゆるものから自分を遮断して、世界は私と腹の子だけになったような気がしてくる。
世の中の諸々から置いてかれて、出口の無い真っ暗な空間に取り残されたような気分。

自分でも想像していなかったほどの悪阻なのだから、他の人にわかってもらえないことは重々承知。
締め切りが立て込んで忙しい安澄に、仕事を休んで家にいるだけなのだからせめてご飯くらい!と意気込むも、出来ない。
その自分の不甲斐なさが悔しくて、1人になるとメソメソと泣いていた。

元々痩せていた体だけれど、笑っちゃうくらいにみるみる痩せて一週間でマイナス5キロ。
足首が自分の手でグルっと掴めた時には流石にやばい!とおののいた。

家から外に出れないので、食べれる物を買いに行くことも出来ない。
いつもならチャチャッと食べれるお茶漬けさえも作れない。
食べなくてはいけないという気持ちと、作れない食べれない食べたくないの気持ちのせめぎ合い。
途中からは水すら飲めなくなって、腹の子の成育に不安ばかりが募った。

働いていない自分。
という社会的な面目無さからか、12月の寒い部屋でも暖房をつけることすら憚られる。
体力的な辛さよりも、自分のダメっぷりにやられまくった。
誰から言われたわけではないのに、自分がとても駄目な人間だと得体の無い敗北感に常に支配されていた。

心配する安澄の顔も、迷惑がっている顔としか捉えることが出来ず、ただただ申し訳無さに消え入りたい日々だった。

つづく
*落ち着いてからは忘れていたことも書いていると止まらなくなるものですね。


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